ネイチャーテックの現在地 - 世界2.1千億円市場と、道内の「自然を測る技術」

自然を保全・回復・持続利用する技術「ネイチャーテック」への世界のVC投資は2024年に21億ドルへ拡大。日本は2025年に47兆円市場を掲げるロードマップを策定し、TNFD開示企業数で世界最多に立つ。海外の市場レポートと国内の制度動向を押さえたうえで、白老のブルーカーボン、ヒグマAI検知、環境DNAなど道内に芽吹く実装を4軸で並べ、道北が取れる立ち位置を読み解く。

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ネイチャーテック自然資本
結論

自然を保全・回復・持続利用する技術「ネイチャーテック」は、世界のVC投資が2024年に21億ドルへ拡大し投資可能な資産クラスへ移行しつつある。日本は2025年に年約47兆円のビジネス機会を掲げるロードマップを策定しTNFD開示企業数で世界最多に立つが、道内では白老のブルーカーボンやヒグマAI検知など「自然を測る技術」の実装が始まった段階にある。

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「ネイチャーテック(Nature Tech)」とは、自然・半自然の生態系を保全・回復・持続的に管理し、あるいは自然を基盤とした事業を実装・スケールさせる技術群を指す。気候テックが炭素という単一指標を扱ったのに対し、ネイチャーテックは生物多様性という多次元の対象を「測り、値づけ、取引する」ことに挑む。

北海道は知床から釧路湿原、道北のサロベツまで国内有数の自然資本を抱えるが、その価値はこれまで「タダ」と見なされ経済に組み込まれてこなかった。世界と国内で何が動き、道内に何が芽吹いているかを整理する。

1. 世界の現状 - レポートが示す市場

海外の市場レポートが示す規模とカテゴリを押さえる。

数値1・ネイチャーテックへの世界のVC投資は2024年に約21億ドルに達し、2023年比で+16%、2019年比では約2倍に拡大した。単発の流行ではなく構造的な成長局面に入ったと分析される。出典: Serena Capital・VC Funding Trends in Nature Tech Report 2025 ↗

数値2・世界経済フォーラム(WEF)は2022年時点でネイチャーテック市場を約20億ドルと見積もり、10年以内に約60億ドルへ拡大すると予測した。出典: World Economic Forum ↗

数値3・生物多様性の保全に必要な資金と現状の投資額の差(生物多様性ファイナンス・ギャップ)は年約7,000億ドルと試算され、この巨大な溝を埋める手段としてネイチャーテックが注目されている。ボトルネックは「測定の難しさ・標準化の欠如・投資家の信頼」の3点にあると整理される。出典: Nature Tech Collective ↗

数値4・技術カテゴリの内訳では、衛星・リモートセンシング系がスタートアップの約20%・調達資金の約10%を占め、ドローン/UAV系が約15%。これに環境DNA(eDNA)やバイオアコースティック(音響)といった新興手法が続く。出典: Nature Tech Collective ↗

仮説: ネイチャーテックは「気候の次」ではなく「気候と並走する」市場になる。炭素クレジットで先行した測定・認証・取引の型が、生物多様性クレジットへ横展開されつつある。

推論: 2027年前後に、衛星×現地eDNA×機械学習を束ねた「多層モニタリング」が標準構成になり、単一技術の勝負から運用設計の勝負へ移る。

2. なぜいま - 国内制度の追い風

日本は制度面で世界の先頭集団にいる。

数値1・環境省は2025年7月31日に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025-2030年)」を策定。自然資本を成長の源泉と位置づけ、2030年までに国内で年間約47兆円の新たなビジネス機会が生まれると見込む。背景の世界市場規模は約1,372兆円、投資需要は約368兆円と試算されている。出典: 環境省 ネイチャーポジティブ経済 ↗

数値2・この戦略は2022年のCOP15で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(2030年までに自然損失を止め回復軌道へ転じる)を国内に落とし込むもの。日本は2024年に「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を先行策定していた。出典: 環境省 ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ ↗

数値3・自然関連財務情報開示(TNFD)では、2025年7月時点で日本企業のコミット表明が世界最多。世界全体では2025年11月のCOP30を前に56か国・733団体超が賛同し、その運用資産は22.4兆ドルに上る。初期賛同企業のうち約4分の1が日本企業を占めると見られる。出典: TNFD Adopters ↗

数値4・「陸と海の30%以上を2030年までに保全する」30by30の柱として、保護地域外の民間管理地を評価する「自然共生サイト」の認定が進む。2026年3月末時点で全国569か所・約11.6万haが認定された。出典: 環境省 30by30 自然共生サイト ↗

論点: 47兆円という数字は「開示義務への対応コスト」か「自然を数値化した新市場」か。数字の読み方が、地域プレイヤーの動き方を規定する。

3. 論点 - コストか、新産業か

論点: ネイチャーテックを「TNFD開示や保全規制に対応するためのコスト」と見るか、「自然を測って値づけし収益化する新産業」と見るかで、道内の打ち手はまったく別物になる。

コスト軸で見ると、ネイチャーテックは大企業のサステナビリティ部門が外部委託で買う「開示のための測定サービス」に留まる。付加価値は測定を請け負う都市部の専門企業に落ち、自然資本の現場である地方には対価がほとんど残らない。

新産業軸で見ると、自然そのものを持つ地域が主役になる。生物多様性クレジット・ブルーカーボン・自然共生サイトの認定を通じて、保全している自然が資金を呼び込む資産に変わる。ただし、それには「何がどれだけ保全されているか」を継続的に測り、第三者に証明できるデータ基盤が要る。

仮説: 北海道は自然資本の「保有量」では国内最上位だが、それを「測って証明する能力」では出遅れている。測定技術の内製化ができない限り、47兆円市場の付加価値は道外に流れる。

4. 技術の3層 - 測る・戻す・値づける

ネイチャーテックを機能で3層に分けて整理する。

役割主な技術道内での接点
測る(モニタリング)生物多様性・炭素吸収を定量化衛星・ドローン・環境DNA・音響・カメラトラップ・AI画像解析ヒグマ個体識別AI・環境DNA・藻場計測
戻す(回復)劣化した生態系を再生・造成藻場造成・植生回復・近自然林業・種苗技術昆布藻場再生・混交林転換・湿原再生
値づける(金融)保全価値を取引可能にする生物多様性クレジット・Jブルークレジット・TNFD開示基盤白老・増毛のJブルークレジット認証

3層のうち、日本国内では大学発スタートアップを中心に「測る」層の起業が相次ぐ。JAMSTEC発の微小流体技術による小型eDNAサンプラーや、eDNAメタバーコーディング解析を提供する事業者が育ちつつある。2025年末には東京発でネイチャーポジティブ領域の起業支援プログラムも立ち上がった。出典: IUCN日本委員会 生物多様性クレジットの最新動向 ↗

推論: 3層のうち最も参入障壁が低いのは「値づける」層の川上、つまり現場で計測データを取り続ける役割だ。道内の漁協・森林組合・自然ガイドは、この役割の最有力候補になる。

5. 道内の動向 - 芽吹く実装

道内では3層それぞれに具体的な実装が始まっている。

値づける - ブルーカーボンの先行

数値1・白老町では人工リーフに着生したミツイシコンブ等の海藻が年間22.3トンのCO2を吸収するとして、2024年2月にJブルークレジットの認証を受けた。海藻・海草が蓄える「ブルーカーボン」を数値化して取引する仕組みだ。出典: 白老町 Jブルークレジット ↗

数値2・日本製鉄と増毛漁業協同組合による「鉄鋼スラグを用いた藻場造成」もJブルークレジットとして認証。ENEOSは北海道で昆布等の大規模ブルーカーボン創出に向けた養殖試験を2025年に開始した。道は「北海道ブルーカーボン推進協議会」を設け、産官学の連携を進めている。出典: 北海道 ブルーカーボン推進協議会 ↗

測る - ヒグマAIと環境DNA

数値3・NTTドコモは札幌市内の携帯基地局にカメラを設置し、AIでヒグマの出没を自動判定する実証実験を実施。道も、従来のヘアトラップ調査に代わるAIを用いた個体識別・生息密度推定や、ICTによる出没重点監視エリア抽出のモデル事業を進める。出典: 北海道 AIを活用したヒグマ個体識別手法等検討検証事業 ↗

数値4・北海道大学は環境DNA(eDNA)を用いた希少種・外来種の分布動態評価技術の開発を進め、獣医学研究科はヒグマのDNA調査の精度向上マニュアルを公開した。酪農学園大学は2026年4月に「農環境情報学類」を新設し、環境情報の担い手育成を始める。出典: 北海道大学 環境DNAプロジェクト ↗

値づける - 自然共生サイト

数値5・北海道大学の雨龍研究林(約24,953ha)は道内最大級の自然共生サイトとして2023年に認定。三菱マテリアルの「マテリアルの森 手稲山林」(札幌市)も認定を受けるなど、大学・企業の管理地が30by30の枠組みに組み込まれ始めた。出典: 北海道大学 x SDGs 雨龍研究林 ↗

仮説: 道内の実装は「測る」と「値づける」が別々の主体で走っており、両者を接続する事業者がいない。藻場のブルーカーボンもヒグマAIも、測定データを継続的な資金に変換する回路が細い。

推論: 2027年以降、Jブルークレジットに続いて生物多様性クレジットの国内パイロットが立ち上がると、雨龍研究林型の大面積保全地が「多様性の証明つき資産」として先行者利益を取る。

6. 北海道・道北に応用するなら

4軸(海外→全国→北海道→道北)で整理したとき、道北が取れる立ち位置を振興局別に見る。

地域自然資本の主力応用すべき打ち手
宗谷(稚内・利尻礼文)昆布・海藻藻場・原野・海鳥昆布藻場のブルーカーボン認証、海鳥のバイオアコースティック調査
留萌(増毛・羽幌)藻場造成の先行地・天売焼尻の海鳥増毛モデルの横展開、海鳥コロニーのeDNA/音響モニタリング
上川(大雪山・下川)FSC認証林・高山帯・森林集積森林クレジットと生物多様性クレジットの二重計上、自然共生サイト認定
オホーツク(知床)世界自然遺産・原生林・流氷入域データ×多様性指標の科学観光、遺産価値のTNFD連動
釧路・根室釧路湿原・タンチョウ・昆布湿原の炭素・多様性の二軸計測、湿原再生クレジット

仮説: 道北の自然資本を国際資金(GEF・グリーンクライメートファンド・生物多様性クレジット)に接続する窓口がない。道庁・大学・漁協・森林組合が共同で「北海道自然資本ファンド」の枠組みを持てば、測定から資金化までの回路を域内で閉じられる。

推論: 2030年までに、J-クレジット(炭素)+Jブルークレジット(沿岸)+生物多様性クレジット(陸域)が併存する市場が立ち上がり、測定データを持つ地域の自然資本が資産として評価され始める。

7. わたしたちにできること

個人として

  • 道内のブルーカーボン・自然共生サイトの公開データを年1回は確認し、地域の自然資本の変化を追う
  • 入域料・協力金やブルーカーボンクレジットを扱う事業者・観光地を意識的に選ぶ
  • 環境DNA調査や生物モニタリングの市民科学(シチズンサイエンス)に参加する

企業・組織として

  • 自社の管理地(社有林・遊休地)を自然共生サイト認定に申請し、30by30に参加する
  • サプライチェーンの自然依存・影響をTNFDフレームで棚卸しする
  • ブルーカーボン・生物多様性クレジットのパイロット購入で、道内の市場形成に資金を回す

8. ビジネスアイデア

道内自然資本モニタリング・プラットフォーム

  • ターゲット・漁協/森林組合/自治体/TNFD開示企業/金融機関
  • 収益・仕組み・衛星×eDNA×AIの測定データを標準化して継続配信、クレジット申請の裏付けデータとしてAPI課金
  • 組み合わせ・北大/酪農学園大/道立試験研究機関/北海道ブルーカーボン推進協議会

ブルーカーボン認証代行・藻場再生パッケージ

  • ターゲット・沿岸漁協、水産関連企業、ブルーカーボンを買いたい事業者
  • 収益・仕組み・藻場造成の設計からJブルークレジット認証・販売までを一貫代行、成功報酬型
  • 組み合わせ・増毛/白老の先行事例、鉄鋼・エネルギー企業、道の推進協議会

生物多様性クレジット・パイロット組成

  • ターゲット・大面積保全地(研究林・企業社有林・湿原管理体)、自然関連投資家
  • 収益・仕組み・多様性の証明データを束ねてクレジット候補地を組成、パイロット取引の手数料
  • 組み合わせ・雨龍研究林型の自然共生サイト、TNFD開示企業、国際ファイナンス機関

編集部が課題から逆算した新規事業・起業・投資の方向性(推奨ではなく出発点)。