観光収入か持続性か - 北海道で問う5つの均衡点
倶知安地価上昇率44% 全国1位、ニセコ外国人宿泊73.88万人。観光収入と地域・環境のどちらを優先するか。京都・Amsterdam の制御戦略から北海道に応用する設計を読み解く。
ニセコ・倶知安の地価高騰、知床の環境負荷、函館の宿泊集中。北海道観光は「もっと客を呼ぶ」段階を通り過ぎ、来た客と地域・環境の 均衡をどう取るかの段階に入っている。
本稿はオーバーツーリズムを単一現象ではなく、観光収入・地域住民の生活・環境負荷・文化保全・関係資産の 5つの均衡点として捉え直す。京都・Amsterdam・アイスランドの制御戦略から、北海道に応用できる仕組みを逆算する。
- 1. 道内観光の現状 - 数字で見る集中と環境負荷
- 2. 論点 - 観光収入と地域社会のどちらを優先するか
- 3. 持続性を高めるためのポイント
- 4. 道外・海外の参考事例
- 5. 北海道に応用するなら
- 6. わたしたちにできること
1. 道内観光の現状 - 数字で見る集中と環境負荷
まず 推移で現状を押さえる。観光客総数・外国人宿泊・地価上昇の3軸が、ここ10年で大きく変化している。
北海道全体の観光入込客数 ( 延べ ) は2019年度5,520万人 → 2020年度2,994万人 ( コロナで急減 ) → 2024年度4,964万人と、5年で回復軌道に乗った。訪日外国人観光客は過去2番目の水準まで戻っている。出典: 北海道庁 観光局・観光入込客数調査 ↗ ニセコエリア ( 倶知安町・ニセコ町・蘭越町 ) の外国人宿泊者数は2023年度に延べ73万8800人。統計の残る2006年度以降の最多値で、12月 - 3月のハイシーズンは「ニセコ100日戦争」と呼ばれる集中状態。出典: 倶知安町・観光客入込状況2025 ↗ 倶知安町の地価上昇率は2024年公示で住宅地 + 44.0%・商業地 + 57.6% といずれも全国1位。一部地点では1平米あたり70万円超で、札幌の高級住宅地を上回る水準に達した。出典: 国土交通省・地価公示 ↗ 知床・阿寒等の自然観光地では、シカ・ヒグマと観光客の接触リスク、トレッキング道侵食、駐車場・宿泊施設不足が継続課題。知床国立公園では2024年度から立入時期・人数の段階管理が試行されている。出典: 環境省・国立公園利用適正化 ↗ 観光地以外では宿泊・飲食店の閉店が継続。道内の宿泊業・飲食サービス業の事業所数は2014年 約4.3万 → 2021年 約3.8万と7年で1割超減少 ( 経済センサス )。出典: 総務省・経済センサス ↗
仮説: 北海道観光は「総数の不足」ではなく、ニセコ・札幌中心市街・富良野・知床等の少数地点への 過剰集中と、それ以外の 過疎観光地の縮小が同時進行する二重構造になっている。「観光客を増やす」と「住民の生活を守る」は同じ町で両立しにくい局面に入った。
推論: 倶知安の地価上昇率が2年連続で全国1位という事実は、不動産取得目的の投資需要が観光需要を上回り始めた可能性を示唆する。2027-2030年にかけて、道庁・倶知安町が宿泊税・入域管理・土地取引規制のいずれかに踏み込む可能性が高い。
2. 論点 - 観光収入と地域社会のどちらを優先するか
論点: 短期の観光収入・雇用と、地域住民の生活コスト・環境・文化のどちらを優先するか。評価軸の選択が「客は来てほしい / 来てほしくない」の二分を解消するキーになる。
観光収入・雇用・環境負荷・地域住民の生活・文化保全のすべてに同時にプラスを出すことは難しい。何を犠牲にしてでも残すかを、自治体・事業者・住民の三者で先に決めておく仕組みが必要になる。
3. 持続性を高めるためのポイント
観光が地域に残すもの・削るものを4資産で整理する。観光収入は事業資産だが、環境・文化は環境・規範資産で、短期と長期で評価軸が違う。
| 資産種別 | 観光がプラスに作用 | 観光がマイナスに作用 |
|---|---|---|
| 事業資産 | 宿泊・飲食・ガイド事業の売上 | 外資依存・季節雇用偏重で住民事業の縮小 |
| 関係資産 | リピーター・ファン・二地域居住 | オーバーツーリズムで住民との対立 |
| 環境資産 | 自然保全のための財源・環境意識 | 踏圧・ゴミ・水利用・ヒグマ接触 |
| 規範資産 | 「観光地としての誇り」「アイヌ・開拓文化の発信」 | 観光向け表層化・文化の商品化 |
4. 道外・海外の参考事例
5年以上継続している3つの観光制御事例から、北海道に応用できる仕組みを抽出する。
京都市 - 宿泊税の段階引き上げと市民優先
京都市の宿泊税収入は2018年度導入時の年 約45億円から、2023年度に過去最高の 約52億円に達した。2024年1月に条例改正案を公表し、2026年3月以降の宿泊から税額を最高1泊1万円に引き上げ ( 5段階 ) 。想定税収は 約126億円で2.4倍に増える。出典: 京都市・宿泊税条例改正案 ↗
仮説: 京都の鍵は宿泊税の金額ではなく、増えた財源を「市バスの市民優先価格・ごみ対策・地下鉄ホーム柵」に充てると明言したこと。観光客からの徴収を 住民の生活改善に直結させる設計が、政治的に増税を可能にした。
Amsterdam - 宿泊上限と新規ホテル禁止
Amsterdam は2021年に年間延べ宿泊数の上限を1,000 - 2,000万泊に設定する「Tourism in Balance」条例を施行。2024年実績は2,290万泊 ( 過去最高 ) で、上限を超過。これを受け、既存ホテルの廃業に対してのみ新規ホテルを認める「ネットゼロ・ホテル」方針・クルーズターミナル閉鎖・観光税の12.5% → 20% 段階引き上げを2024年に決定。出典: Amsterdam 市議会・Tourism in Balance ordinance ↗
推論: 上限超過後も観光客は減らないが、「市が住民の側に立っている」というメッセージが、住民の許容度を保つ。北海道の特定地域 ( ニセコ・倶知安・知床・函館中心市街 ) でも、上限値の公表と段階管理が選択肢に入る。
アイスランド - 環境保全税と入域管理
アイスランドは2024年に観光客1人1泊あたり最大 ISK 600 ( 約600円 ) の宿泊税を導入。国立公園・自然保護区では駐車場有料化・立入経路の整備・季節閉鎖を組み合わせ、環境負荷の閾値を超えない管理を試行している。出典: Visit Iceland・環境観光省 ↗
仮説: アイスランド方式は人口対観光客比が極端な国 ( 人口 約39万人に対して観光客 約220万人 ) で発達。北海道 ( 人口 約498万人に対して観光客 延べ約5,000万人 ) はまだ比率は低いが、ニセコ単独の比率を見ると同等以上で、地域単位での導入が現実的。
5. 北海道に応用するなら
京都・Amsterdam・アイスランドから抽出すると、北海道に応用すべきは「税 + 上限 + 還元」の3点セットだ。
仮説1 - 段階宿泊税: 道内全域 一律の宿泊税ではなく、ニセコ・知床・札幌中心市街等の集中地域で 段階的税率 ( 例: 高単価宿泊ほど高税率 ) を設定。京都モデルに照らせば、増収分の使途を「住民の生活改善・環境保全・文化保全」に紐付けることが導入の政治的条件になる。 仮説2 - 入域管理の段階導入: 知床・大雪・阿寒等の自然観光地では、立入時期・駐車場予約・ガイド帯同を Amsterdam の「上限超過時のみ強化」方式で段階導入。住民・事業者の合意形成を「数値で予測しつつ実施」できる仕組みが先に要る。 推論3 - 不動産・投資の透明化: 倶知安の地価高騰は観光と独立して進む不動産投資現象に近く、観光制御だけでは止まらない。道・倶知安町が5-10年スパンで取引透明化・居住者用住宅供給・短期賃貸規制を組み合わせる必要が出てくる可能性が高い。
6. わたしたちにできること
観光のあり方は、来る側・受ける側・観察する側のすべての選択で形作られる。
個人として
- ニセコ・札幌等の集中地以外の道内観光地を意識的に訪れる
- 1泊2食ではなく、地域に滞在・消費するスタイルを選ぶ
- 宿泊税・入域料の議論に「住民の生活改善に使われるか」の観点で意見を出す
- 観光地の自然・文化への配慮を、SNS 投稿の中でも実践する
企業・組織として
- 従業員旅行・出張で道内多様な観光地を活用 ( 集中地以外への分散 )
- 観光関連サービスを地域住民の生活・文化と両立する形で設計
- 観光地の環境保全・ガイド育成への協賛・寄附